大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)63号 判決 1975年12月25日

上告人

青木博

右訴訟代理人

工藤勇治

外二名

被上告人

鈴木つ

右訴訟代理人

小林彌之助

主文

原判決中、上告人が被上告人に対し原判決添付別紙目録記載の家屋の明渡しを命じた部分(原判決主文一の1)を、左の通り変更する。

上告人は被上告人から金五二万八、〇〇〇円の支払いをうけるのと引換えに、被上告人に対し前項記載の家屋を明渡すべし。

被上告人のその余の請求を棄却する。

上告人のその余の上告を棄却する。

上告費用はこれを二分し、その一を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。

理由

上告代理人の上告理由第一点について。

所論は、原判決が、立退料金五二万八、〇〇〇円を被上告人において提供することをもつて正当事由が補強されるものとし、本件賃貸借の解約を認める旨理由中で判示しながら、その主文において上告人に対し本件家屋を無条件で明渡すべきものとしているのは理由不備または借家法一条の二の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

原一審がその挙示する証拠により確定した事実関係によれば、被上告人が上告人に対し本件家屋の賃料(一カ月金二万二、〇〇〇円)の二年分に相当する金額五二万八、〇〇〇円を立退料として提供することによつて正当事由が具備され、被上告人が前記立退料提供の意思表示をした昭和四七年一一月一六日をもつて正当事由を備えたものとし、右期日から六カ月経過した同四八年五月一六日をもつて本件家屋賃貸借契約は終了したものと判断したことは正当である。

しかし原判決が右のごとき理由からその主文において上告人に対し無条件に本件家屋の明渡を命ずる旨判示したことは妥当でない。

けだし立退料の提供によつて正当事由が補強され賃貸借契約解約申入の効果が生ずるとされる所以のものは、賃借人の側において現実に立退料の提供をうけなければ、転居先の物色ないしは引越費用等の支払いにつき困難な立場にあることを当然考慮に入れているわけであるから、かような場合の立退料の支払いは家屋の明渡と同時履行ないしは引換給付の関係にあるものと解するのが相当である。したがつて立退料の支払いを正当事由を補強するものとする以上、家屋の明渡を命ずる判決の主文においては、右立退料の提供が執行の条件となるように表示すべきであり、しからざれば賃借人としては家屋の明渡しの強制執行をうけながら、立退料の支払いについては、賃貸人の任意の履行がない以上、さらにその支払いを求める訴を提起せざるをえない事態も予想され、かくては賃借人の利益は著しく害される結果となろう。

しかしこの点については、さきに判示したように前記立退料の提供をもつて正当事由が補強されるとする原判決の判断は正当であるから、原判決を取消し、これを原審に差戻すまでもなく原判決の主文を右の趣旨に変更する裁判をすれば足りるというべきである。

したがつて右の限度で論旨は一部理由がある。

よつてこの点について、原審の確定した事実に基きさらに裁判するに、原判決の主文第一項1を、上告人は被上告人から金五二万八、〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに被上告人に対し原判決添付別紙目録記載の家屋を明渡すべし、被上告人のその余の請求を棄却すると変更すべきものとする。

同第二、第三点について。

所論は、いずれも原審が挙示の証拠により適法に確定した事実の認定および証拠の取捨判断を批難するに帰し、採用し難い。

論旨はいずれも理由がない。

よつて民訴法四〇七条、四〇八条、九六条、九二条にしたがい主文のとおり判決する。

(浅沼武 田嶋重徳 加藤宏)

上告理由書

第一点、原判決には、理由不備、理由齟齬又は借家法一条の二の解釈を誤つた違法がある。

(一)、原判決は被控訴人の正当事由の主張の補強として被控訴人が賃料二年分に相当する立退料を支払う旨の意思表示をなしたことの事実摘示をなしかつその理由中の「正当事由の有無」の判断の中で「控訴人において……相当程度の立退料が被控訴人から提供されれば、これによつてもなおかつ蒙る本件明渡しに伴う不利益は控訴人において受忍すべきものであり」として正当事由があるとした上で立退料の額は金五二万八、〇〇〇円が相当であるとし、「契約の終了」の項では「立退料提供の意思表示をした同四七年一一月一六日をもつて正当事由を備えたものとすべきである」としている。

即ち原判決はその理由中では立退料の支払いをもつて被控訴人の明渡の正当事由の存在を補強させ本件賃貸借の解約の効力を是認しているものである。

しかしその主文は控訴人に対する無条件の明渡を宣するもので極めて不当である。上告人は本件建物をマージヤン屋営業の為に賃借し、今日まで多額の資本を投下し、顧客を獲保し、ようやくその営業が軌道に乗つてきたところである。しかるに原判決は理由中で立退料の支払いが正当事由存在の判断の一要素としているにも拘らず主文で立退料の支払いを条件としていないことは上告人に回復し得ない多大の損害を蒙らせるものである。

原判決も、「他に適当な場所さえ見つけられれば、本件家屋に執着する必要はない」ことを立退料の支払いとの関係で正当事由存在の理由としているのであるから原判決の不当性は極めて大きい。原判決には理由不備ないしは借家法一条の二の解釈を誤つた違法がある。

(二)、原判決には理由中の「正当事由の有無」の判断の中で本件家屋の賃料が「比較的低廉である」ことから被控訴人が右家屋の明渡しを求めることは無理がない旨判示しているが、低賃料であるとの判断自体が証拠にもとづかない根拠のないものであるのみならず、このことを正当事由の有無の判断の要素に入れることは極めて不当である。けだし、賃料が低ければ賃料の増額請求により解決すべきものであるからである。右原判決の判断は理由不備又は借家法一条の二の解釈を誤るものである。

第二点、原判決は採証法則を違背した違法がある。

(一)、原判決は「控訴人側の事情」5項において上告人の昭和四八年度の一ケ月の平均所得は約一五万円しかないことになるとし、乙第五号証の一、二、第九号証は真実に合うものとは認め難い旨判示するが、乙九号証によれば上告人の妻が専従者給料として一ケ月金五万円の給料を得、また個人経営の商店においては日常の生活費と店の経営費が混ぜんとなつている部分が多い等を考え合わせるならば決して右証拠が真実に合致しないものではない。

原判決は右乙号証の検討、評価を誤つたものである。

(二)、原判決は更に同項において上告人の平均所得が一ケ月約四〇万円あることを本人尋問の結果から認定しているが、右尋問結果から右事実は認められない。全く証拠にもとづかない判断である。

(三)、原判決は立退料を賃料の二年分に相当する金五二八、〇〇〇円が相当であると判断しているが、何ら証拠にもとづかないものである。

上告人が昭和三四年以来営々として築いてきた本件建物における営業権ともいうべき財産的権利、及び右建物に投下した資本、顧客等を考えるならば右金額の不当性は極めて大である。それを何らの証拠にもとづかず確定した原判決の違法は大きい。

第三点、原判決には審理不尽の違法がある。

原判決は第二点(三)項で述べたとおり、何らの証拠調べをすることなしに立退料を確定している。これは二点についての審理を怠つたもので審理不尽の違法がある。

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